2018年1月29日 (月)

スイーツツアー

昨日、みち友さんたちと集まり、新年会というかランチ。

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チーズタッカルビ。もう材料は火が通してあって、チーズフォンデュみたいな感じ。ゴーダチーズとナチュラルチーズの2種類が溶け合ってすごくおいしかった。食べる、飲む(私はアルコールだめだけれど)しゃべる。

一応、みっちゃんの公演へ行く日の打ち合わせの名目なんですけどね。そんなんで3時間もかかるはずはなく、くだくだと時間いっぱい、お店におりました。

そこを出て本来の目的、スイーツのアウトレットのお店へ。私連れていってもらっただけなので、お店の名前は聞かないでね。安さに思わず爆買いです。

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娘も帰り、ほとんど私が食べると思われるのに。小さなお店にお客さんがいっぱいでした。昨日、一つ食べたらすごくおいしかった。

帰りは上野公園を通っていこうとぶらぶら歩き。不忍池も凍っていましたよ。日本中が冷蔵庫になってしまったような一週間、今週は少しましになってほしいものです。

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帰ったら、フランキーが寂しがっておりました。まぁ、退院してからこんなに離れたことないもんね。ツアーを計画し、お店を予約してくれたOさん、またまたマフラーのおみやげいただいたTさん、ありがとうございました。

2018年1月 2日 (火)

謹賀新年

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明けましておめでとうございます。今年の年賀状です。12年に一度のフランキー年だけれど、本人(犬)はまだ入院中だったので、いい写真がなくて、こんなのです。

娘は27日に退院しました。病理検査「良性」だったと病院から連絡あり、一安心です。結果が悪かったら連絡するとのお話だったので、病院から電話あった時にはドキッとしましたが、「早くお知らせした方がいいと思って」の優しさに感謝。

フランキーは大晦日に退院しました。まだ、立てません。これは、予想していたので、今リハビリ頑張っています。(私が)
フランキー自身は、迎えに行ったときにはハイテンションだったけれど、家についたら、早速こたつ潜り。リハビリも全然やる気なし。

強引に引っ張り出して、病院で教えてもらったリハビリメニューを一日3回やっています。やる気あるんだか、ないんだかよくわからないけれど、「まあ、されるがまま」って感じ。

お正月早々、汚い話ですが、排尿、排便はわかるみたいで、窓のところまで行き、「庭に出せ」が合図。庭に下ろして、私が後ろ足を、タオルでサポートすると、あちこち歩きまわって、おしっこすませると、「入れろ」

大きい方も、同じ。食事済ませると「出せ」。すんだら「入れろ」です。

昨日、元旦早々「圧迫排尿できない」と病院へ行ったら「膀胱、空ですよ」
フランキーは圧迫排尿いらないみたいです。こっちは、動画などみて、覚悟していたのに、肩すかし。

フランキー自身は歩けないということに、なんの不便も感じていないので、リハビリ効果あるかどうか。でも、少しずつ後ろ足感覚戻っているみたい。
「シッポ振った」「後ろ足さわると、嫌がった」が、今の我が家の大ニュースです。

(フランキーの言葉)
僕、歩けなくなって、おかあちゃん大慌て。痛い手術もして、病院に2週間もいたの。まだ、歩けないけれど、行きたいところは這っていけるし、別に不便じゃないんだわ。
いやなのが、3回もするリハビリ。無理に立たせようとしたり、後ろ足を曲げたり伸ばしたり。あげくには、後ろ足つねったりして、これって虐待じゃないの。

2017年12月24日 (日)

メリークリスマス

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テンション下がりの写真ですが。また、年賀状と同じ写真ですが。
何せ本人(犬)がいないもんで、またスマホ壊れが突然だったもので、写真があまりなくて。

今日、よほど面会に行こうかと思ったのですが、木曜日別れる時に、あまりに切ない顔されたので、あえて行っておりません。
いつも、私の側にぴったり寄り添っていた甘えん坊、どうしているかしらん。リハビリ頑張っているかしらん。

娘のところには毎日行っています。今日はイブだったので、ケーキ持参。
まさか、この病院に親子でお世話になろうとは、こんなに通うことになろうとは。

たまに家に帰ってきてもスマホいじりばかりしている娘、病院にいると結構話します。本人が退屈しているのもあるけれど、私も同じ病院だったので「そうそう」と話し弾み、横にいる夫から「帰ろうモード」が漂ってくるくらい。

娘はまもなく退院、フランキーも大みそかに退院。新年は賑やかになりそうです。

2017年12月22日 (金)

不安

おととい、娘の手術でした。病理検査の結果を聞くまでは、やはりドキドキします。ほぼ白だとはわかっているのですが。

昨日は傷跡痛いと言っていたけれど、今日は立ち上がり、病院内を歩きまわっていました。食欲も出てきたようで、ゼリー食べたい、アイスもと「はいはい」と言った感じです。

フランキーは昨日見に行ったら、迎えに来たと勘違いしたみたいで、すごい勢いで這ってきました。(まだ立てない)かえって様子を見に行きにくくなった。もう、ここは病院信じて、リバビリまかせるより仕方ないです。グレード5は手術しても、直るかどうか、根気との闘いのようですね。

娘は27日退院、フランキーは31日退院です。二人(一人と一匹)がそろったら、どういうことになるのか。パニック状態にならなければいいけど。

今日は娘のお見舞いに行ったあと、「子宮筋腫手術後」や「ダックスヘルニアのリハビリ」などずっと検索して、時間を過ごしていました。不安になることや、「やらねば」という気持ちと。まるで年末モードにならず、年賀状の準備もまだです。

私自身は、先生が「退院してどれくらい?」
「えっ、三か月?とても見えないくらいに元気だね」とお墨付きといただくほど、元気なのですが、一人と一匹がいない間に、すこしでも元気パワーをチャージしておかなければと、思いつつ、なかなかそういう気持ちにはなれません。

2017年10月23日 (月)

言葉はこわい

予想どうりに与党圧勝。
小池さんの「排除」の言葉がなかったら、違った結果になっていたのでしょうか。

唐突の解散、民進党がなくなる、バタバタの新党立ち上げ。
何が何やらのうちに始まった選挙。

うちの区は投票しなくても、ほぼ当選者はわかっていたのですが
比例では自民34.3パーセント、立民23.5パーセントと自民圧勝とは言い難い。
奢らず国民の方を向いて、政治を行ってくれることを切に希望します。

2017年9月15日 (金)

退院

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昨日、退院しました。致死率3分の1、直っても障害が残ることが多いこの病気、今度の入院はいろいろと幸いが重なりました。
一つは、それほど症状が重くなかったこと。最後まで意識ははっきりしていました。この子の晩御飯を考える余裕ありましたし。

一つは夫がいてくれたこと。私一人なら、救急車を呼ぶべきかどうか、一晩寝たら直るんじゃないかと躊躇していたと思いますが、夫は普通じゃないと即呼んでくれました。

一つはその時の当直が脳外科の部長先生だったこと。私が受けたのは開頭手術ではなく、足の鼠径部からカテーテルを入れて、プラチナで栓をするコイル塞栓術というもの。

くも膜下出血は脳の血管が細くなって、脳梗塞を起こす危険性があるとのことで、2週間ほどは点滴をいっぱいつけられて、「とにかく水分とって」と言われ、動けもしないのに、お茶を2リットルくらいくらい飲んでいました。もう最後は「お茶」という文字を、見る度にいやになって、「ジュースとかだめ?」とわがままを言うことに。

娘が「孫とみっちゃんが助けてくれたんだよ。ほら、みっちゃんのカレンダー」と持ってきてくれたので、SCUでは「宝塚の人」で有名に。
「宝塚好きな人って、上品ですよね」
「いや、タカラジェンヌさんは上品かもしれないけれど、観る方は関係ないんじゃない」
などと会話できるほど回復した後は、一般病棟に移りました。

リハビリも病棟を歩き回る運動や、簡単な計算をしたり、記憶力を確かめる頭の運動と。両方とも問題はなく、めでたく退院。しばらくは、通院は必要ですが。

先生からは「車の運転はしばらくしないように」と言われただけで、「宝塚?いいですよ」と言われたけれど、夫と娘の監視が厳しくて、当分は「ダメ」と言われてしまいました。まぁ、たくさん迷惑かけたし、従うより他なく。気持ちはわかるが、背後霊のように付きまとわれるのも結構ストレスなんですが。

病院ではすることなく、タブレットでパジャマゲームの公開練習をチェックしたりしていたのですが、ちょっと物の見方が変わったなと思ったのは、みっちゃんが女性になったり、風ちゃんの前ではお兄さん風になったりするのを「どちらもみっちゃん」として見られるようになったことです。お稽古着に何をきていたかなんて、どうでもよくなった。新納さんに「シド命」のクッキー焼いてくるなんて、(最初は216という意味がわからなかった)みっちゃんらしいですね。

お稽古しているときの、いきいきとしたみっちゃんやっぱり好きです。

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昨日2週間ぶりに作った夕食。病室のテレビで「目黒のさんま祭り」をやっていて退院したら、絶対さんまを食べると思っていたけれど、病院食のあっさりになれた体にはちょっと重かった。

2017年9月 1日 (金)

くも膜下出血

いやぁ、びっくりです。
月曜に夕食の準備をしている時、急にめまいがしたと思ったら、激しい頭痛。急に左足に力が入らなくなり、普通じゃないと救急車を呼びました。
くも膜下出血だそうです。健康だけが自慢の私が。子供を産んだ時しか、入院したことない人が。
幸い後遺症もなく、退院後は元の生活送れそうですが。

ライン仲間の方、私から連絡無くてヤキモキさせて、ごめんなさい。みっちゃんのディナーショーのチケットはとれています。
ICUではスマホ出来ず、一般病棟に入ったらスマホ壊れのタイミングの悪さで、しばらくライン出来ません。

2017年7月27日 (木)

ディズニーランド

夏休みの一大行事、孫旋風が終わりました。行きたいところ「ディズニーランド」ということで

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思い切って「ディズニーランドホテル」を取りました。出来た時から「高そうだ」と思っていたのですが、それだけにサービスのよさは抜群です。エレベーターの声がミッキーさんというだけで子供たち大喜び。

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ティンカーベルのお部屋で、ホテルに入っただけでもうディズニーランド気分。24日は夜遅くまでディズニーランド満喫しました。
25日は、15分早く入れる特権を利用し、3人がプーさんのところに行ってる間に、私がモンスダーズインクのFPを取るという計画を立てて、待ち時間短縮を工夫。私がジェットコースター系ダメなので、孫なりに気を使ったようです。

二人の希望が違う時には、二人で折り合いをつけるという、「いつの間にやら、こんなに大きくなったんだ」と感無量です。一度泊まればいいかと思っていたら、「今度来た時もここに泊まりたい」だそうです。

家ではレゴに夢中。「ばあばのうち、レゴあるの?」そういえばずっと出していなかった。
「あるよ、たくさん。でも、パパが作ったのが入っているから、それは壊さないと約束できる?」「うん」というわけで

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しばらくお部屋作りに熱中した後、ごっこ遊び。30年前にもどった錯覚を起こすほどでした。「新しいの買おうか、でもあんまり大きくないのね」
「高いから?」
(図星だと、心の中で苦笑しながら)「あんまり大きいと置く場所に困るから」

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作り方を見ながら、二人で一生懸命作りました。
キッズ楽のりも三度目だと、どうってことはないようです。こちらは羽田から一人で帰るの、すごく切ないのですが「また来るね~」で、バイバイ。

あまりに切ないので有楽町周りで帰り、日比谷シャンテで「ノリエム」を買ってきました。フリーペーパーではないので、詳細は載せられませんが、自然体のみっちゃんがすごく素敵。

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一部はネットでも見られます。

2017年7月 6日 (木)

戸定邸

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戸定邸へ行ってきました。松戸にあるのは、前から知っていたのですが、「近代徳川家の住まいと庭園が一般公開されている唯一の場所」と知ってからは行きたいなと。維新後の徳川家ってどんな暮らしをしていたのか、興味津々。

先日の案内所オープンの時に、行こうと思っていたのですが、雨の中、テープカットを傘もささずに見ていたものだから、次の日葛飾に行くのに、風邪でも引いては大変と早々に帰宅しました。

どうせ行くなら、案内所にみっちゃんの私物を展示してある8日までに行こうかなと。でも、案内所には、もう宝塚時代の写真ありませんでした。ポスターが展示してあるだけでした。

戸定邸は松戸駅から歩いて10分くらい。慶喜の弟で、最後の水戸藩主、昭武の私邸です。昭武が14歳の時にパリ万博出席のため、派遣されている時に、大政奉還によって、徳川時代は終わります。

帰国した昭武は、新政府のために少し働きますが、29歳の時に隠居して松戸に私邸を建築します。戸定邸は部屋数こそ多いものの、よけいな飾りなどない、シンプルな作りです。ここで、実際に昭武や妻の八重が暮らしていたと思うと、感慨深いものがあります。

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座敷からは富士山が見えることもあるとか。造園には凝ったという昭武らしい作りです。戦後、子供の武定によって、居住部分を残して、松戸市に物納されたので、今では「戸定が丘歴史公園」となって、私たちも観られるわけです。松戸駅のすぐ近くに、こんな歴史を感じる広大な広さがある公園は貴重です。武定のお孫さんは戸定邸で生まれ、今もご存命のようです。

昭武は趣味の狩猟や写真撮影などで、過ごしていたようです。謹慎が解かれて静岡から東京へもどった慶喜とも交流していたようで、パンフレットには慶喜撮影の写真もありました。

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激動の時代を過ごした徳川慶喜のこの電報に、なぜかほっとするものがありました。休憩室には、いろいろ資料がおいてあり、読みふけっていたのですが、同行者(夫)の目も気になり、「文明開化のあけぼのを見た男たち」の本を買ってきました。

残念ながら、歴史館は展示替えのために見ることが出来ませんでした。また行きたいと思います。

2017年6月26日 (月)

厄日だ

違反キップ切られてしまいました。もう何百回も通っている、買い物帰りです。T字路で右に曲がろうとした時、現れた警察官。その時も、私自身、違反している意識全然なくて、交通安全運動でもしていると思ったくらい。

一時停止違反だとか。私、ちゃんと停止したんですよ。ただ停止線を越えたのは確かです。停止線の先に横断歩道があるので、カーブミラーをよく見ようとして、1メートルくらい超えたかな。

いろいろ説明する若い巡査さんに「納得いかない。停止線でちゃんと止まったら、カーブミラー確認できなくて、そちらの方がよほど危ないでしょ」

「納得できないのなら、何度でも説明しますが」
「同じことの繰り返しだから、もういい」
「キップ切らしてもらっていいですか」
「どうぞ」

違反したのはこちらだから、怒るのは逆切れとはわかってはいるのですが、もやもやが収まらない。

今日の牡羊座、☆一つ。
「年上の方の、お節介に聞えるアドバイスは、聞いて損はなし。自分のことを思って言ってくれるので、感謝しておきましょう。 」ですって。年上ではなく、20歳超えたかどうかの若い巡査さんでしたが。出かける前に読んでおくのだった。

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