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2017年7月 6日 (木)

戸定邸

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戸定邸へ行ってきました。松戸にあるのは、前から知っていたのですが、「近代徳川家の住まいと庭園が一般公開されている唯一の場所」と知ってからは行きたいなと。維新後の徳川家ってどんな暮らしをしていたのか、興味津々。

先日の案内所オープンの時に、行こうと思っていたのですが、雨の中、テープカットを傘もささずに見ていたものだから、次の日葛飾に行くのに、風邪でも引いては大変と早々に帰宅しました。

どうせ行くなら、案内所にみっちゃんの私物を展示してある8日までに行こうかなと。でも、案内所には、もう宝塚時代の写真ありませんでした。ポスターが展示してあるだけでした。

戸定邸は松戸駅から歩いて10分くらい。慶喜の弟で、最後の水戸藩主、昭武の私邸です。昭武が14歳の時にパリ万博出席のため、派遣されている時に、大政奉還によって、徳川時代は終わります。

帰国した昭武は、新政府のために少し働きますが、29歳の時に隠居して松戸に私邸を建築します。戸定邸は部屋数こそ多いものの、よけいな飾りなどない、シンプルな作りです。ここで、実際に昭武や妻の八重が暮らしていたと思うと、感慨深いものがあります。

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座敷からは富士山が見えることもあるとか。造園には凝ったという昭武らしい作りです。戦後、子供の武定によって、居住部分を残して、松戸市に物納されたので、今では「戸定が丘歴史公園」となって、私たちも観られるわけです。松戸駅のすぐ近くに、こんな歴史を感じる広大な広さがある公園は貴重です。武定のお孫さんは戸定邸で生まれ、今もご存命のようです。

昭武は趣味の狩猟や写真撮影などで、過ごしていたようです。謹慎が解かれて静岡から東京へもどった慶喜とも交流していたようで、パンフレットには慶喜撮影の写真もありました。

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激動の時代を過ごした徳川慶喜のこの電報に、なぜかほっとするものがありました。休憩室には、いろいろ資料がおいてあり、読みふけっていたのですが、同行者(夫)の目も気になり、「文明開化のあけぼのを見た男たち」の本を買ってきました。

残念ながら、歴史館は展示替えのために見ることが出来ませんでした。また行きたいと思います。

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