« コバトン効果? | トップページ | 数独 »

2009年6月28日 (日)

別れ

母が亡くなって、ちょうど一週間たちました。3月に緩和ケアに入院してから、いつかは来る日だったので、覚悟はありましたが、まだ現実でないような気もしています。最後も、病院で付き添うつもりで行ったのですが、途中で妹から電話があり、やっと間にあった感じでした。

実家に行っても母はいないという現実に慣れるまでには、まだしばらくかかりそうです。母は典型的な昔の人。お葬式が終わって、少し家の整理をしていたのですが、物がすごいです。こんな服、着てるの見たことないけど、というのがゴロゴロ。靴も何十足、何ひとつ捨ててない感じ。

押入れの中を見るたびに、出るのはため息ばかり。少々捨てても何ともならない感じですが、整理しなきゃどうしようもないし。お茶道具など、高価なものもあるので、むやみに捨てるだけではいけないし。名古屋通いはまだ終わりそうにありません。

ひとつの教訓。ある程度の年になったら、物は増やすのではなく、減らすことを考えよう。

« コバトン効果? | トップページ | 数独 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

大変だったのですね、、ご冥福をお祈りいたします。
何回かお会いしたことがありますね、、
緩和ケアとあるので、、、、痛みがおありだったのですね、、、

お茶道具、着物、掛け軸など もう今では作れない貴重なものは、大切にしてくださいね、、

今日、珍しく私は母と市美術館に“日展”を見に行ったのですよ、、
大けがをして、1時間も見ると足が痛み、座りたい私より熱心にみてました、、、

石鹸、ドールハウスなど、熱中ですね、、、、意外な気もしますが、そうなんだ~~

若い頃、お互いの家に行ったことありますものね。考えれば、その頃の母の年齢をとっくに自身が過ぎているのだから、母も年をとるはずですよね。
お母様、お元気でなによりです。

うちの母は5年ほど前に癌がわかり、手術を拒否した時から、いつかは来る日でした。日赤では痛みがひどく、緩和ケアに転院しましたが、生きる気力みたいなものが日に日に薄れていきました。

最後は眠るように逝ったのがなによりですが、もう病院へ行かなくてもいいとか、実家へ行っても誰もいないとか、まだ現実ではなく、気が抜けたようで、すっかり体調くずしてしまい、家でダラダラしています。

ほんと、物すごいんですよ。玉石混合という感じで、価値あるものをより分けるだけでもどれだけかかるか。悲しむより先に、腹たってきます。

全然存じませんで、大変でしたね。いつか来る日ではあり、充分その年齢に達しては居ても、なかなか実感が湧かないことでしょう。離れていればなおさらですね。私も母の遺品を整理するのに何年かかったでしょう。まだ、実家に少し残っています。
戒老録という曾野綾子の本がありますが、年をとったらよそ行き1枚下駄1足、普段着2枚下駄2足あればいいと書いてありました。遺族の後処理を考えて40分で始末できる様に配慮する事と。写真も気に入ったモノを5枚だけ。
私も心しては居ても、どんどん溜まるだけ。私の物の処分も大変だろうと思います。今は捨てるのもままなりませんものね。
どうぞお疲れがでませんように。

曽野綾子さんのようにさっぱり出来ればいいんでしょうが、凡人はなかなかね。
うちも相当物がたまっています。
今度もうちの食器はだいぶ処分したのに、母のところにあった高価そうな食器はもらって来たりりして、矛盾もいいところ。

でも、元気なうちにすこし整理しようとは思っているんですけどね。

お母様のところに通っていらっしゃる・・とお聞きしていて、私も同じだわ、
と思っていたのですが。
大変でしたね。。本当にお疲れ出ませんように。
私の母も気が遠くなるくらい、モノの多い人です。私自身も含めて身軽な生活を
と考えているのですが、無理だわ・・

なんだか体調くずしたみたいで、風邪がちっとも直りません。人の体調ってほんとに環境に左右されるのね。

掃除も中途半端。息子たちが帰ってくる八月までには、もう少しすっきりさせたいとは思っているのですが。やる気がいまいち。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/145305/45480906

この記事へのトラックバック一覧です: 別れ:

« コバトン効果? | トップページ | 数独 »